夏姫たちのエチュード
          〜789女子高生シリーズ

           *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
            789女子高生設定をお借りしました。
 


       




 JRの快速停車駅周辺にして、昼間も宵も若者たちが多く集まる繁華街のご近所ながら。こういう言い方は失礼かもしれないが、少しほど華やぎには縁が遠のきかけていたらしき、地元商店街の一角で。夏も終わりの黄昏間近。それは可憐な女子高生の少女らが、さしたる宣伝も喧伝もしないまま、かてて加えてお揃いの体操服という控えめな恰好ながらも…真摯に懸命に。それより何より、見かけた人たちまでもが引き込まれて笑顔になってしまうほど、それはそれは楽しげに。軽快でポップなロックバンドの演奏を展開していたところへと。

  いきなり襲い掛かった暗雲があり

 がさつで挑発的で、髪形やら服装やらも いかにも乱暴な風体の青年たちが何人か。威嚇的な態度や声音をばら蒔きながら、間違いなく非力そうな彼女らを標的に、難癖つけにと乱入しかかった不穏な空気が押し寄せたのだけれども。

  たまたまながら通りすがった
  それは頼もしい顔触れが、これありて

 パッと見の印象は、透明感さえまとったような綺羅々々しさに満ちた、読者モデルかと思わせるような、こちらさんたちもまた可憐な美少女たちだったが。その実、中身は おっさんの生まれ変わ…、もとえ。(苦笑) 実は実は、苛烈な戦線の時代を生き生きた、それは練達なお侍さんの“転生人”という、どんな奇跡か たいそう男前な性根を生まれつきのものとして持ち合わせていた彼女らだったので。ただでさえか弱そうな、しかもどうやら自分たちの後輩、つまりはあのお嬢様女学園の生徒でもあるらしい仔羊たちへ。下賎な笑いで醜くまみれた風体のままな狼たちが、今まさに牙を剥かんとしかかった…その取っ掛かりの段階にて。

  『………っ』

 まずは“論より行動”の紅バラ様が、無垢で非力な彼女らへの無体は許さんと、それは雄然とした鬼気を背負って歩み出しており。どこのモデルさんですかという綺羅々々しい見栄えの中の一番目立つ特徴、軽やかな金の髪をふわふかと頭上に戴いた端正な白いお顔を、だが、人の子のそれとは思えぬほど冷たく凍らせた無表情の美人が。それは堂々と、雄々しい足取りでもって近づいて来たのへと。気づいたと同時に片手でやすやす、胸倉を掴み上げられていたチンピラくんは、額の両脇にほどこした反り込みほどには感覚が鋭くなかったようであり。顎の下、胸元を、だぼっとしたシャツの遊びをすべて鷲掴みにされての、あっと言う間に その小さな手の中へ握り込まれたということは。

  その手が、
  何か凶器を持っていたならどうなっていたのか

 今からだって。その握り込まれた手の中からスルリと、例えば 毒針でもすべり出したなら、それだけで一巻の終わりな身だったこと。果たしてちゃんと理解出来ているのかどうか。そうまでも隙だらけだったチンピラもどきの青年たちが、何だこいつと怪訝そうな顔をしたのとほぼ同時。金髪痩躯な『ウルトラ・ヴァイオレット』さん、若しくは『バイオ・ハザード』のアリスさんもかくやという謎の美少女のやって来た方向から、

  ぴりぴりぴり、ぴぴぴぴいぃぃ〜〜〜〜〜っっ!!

 突然 鳴り響いた鋭い笛の音と共に、

  【 そこの騒ぎの大元たちっ、神妙にしなっ。
   人様に迷惑かける不良は片っ端からしょっぴくぞっ!】

 サイレンという効果音を背負った、拡声器越しの切れのいい恫喝が飛んで来たものだから。今しもと暴れかかったその出端を挫かれてしまい、チッと舌打ちしながらも警察には逆らえぬ程度のやはりチンピラか、忌々しげな素振りのままに立ち去って行ったのではあるけれど。

 「………ふあ。」
 「あ、きぃちゃん。大丈夫?」

 臆病そうにお友達の背中に隠れて怯えていた、一番小柄なツインテールの女の子が、腰でも抜かしたか、その場へ座り込んだのへ。周囲のお仲間がはっとし、慌てたように声をかける。紅色の双眸で下賎な輩を一番の至近から睨み据え、その威容で…形だけとはいえ、チンピラに“すいません離してください”と言い直させた鬼姫様こと、久蔵もまた。おやとそっちへ意識を振り向けると、後から追って来た自分のお仲間らと視線を合わせた。やはり、彼女らは自分たちと同じあの女学園へ通う後輩さんたちに間違いはないようで。だとすれば、それはそれは品のいいお嬢様ばかりのあの花園しか、下々の“世間”をあんまり知らない方々なはずであり。こんなところで大胆にもロックバンドの演奏を披露していたことも意外だし、

 「怖かったでしょうに。」

 七郎次がしゃがみ込み、涙ぐみかかっている きぃちゃんとやらの背中を撫でてやる傍ら、こちらさんもお膝に手を突く格好で身を屈めた平八は、他の面々を見回して、

 「皆さんは? 怪我はなかった?」

 幸いにして まだ手の届かぬうちに駆けつけられたし、結構あっさりと退散したのは見届けたけれど、万が一にも何か…蹴るかどうかしたものが当たってはないかと尋ねかけ。それより何より、事情を少しでも拾いたいと、こちらから先んじて話しかけたのだが、

 「お〜い。大丈夫だったかね。」

 そんなところへ横合いから別なお声が掛けられる。物騒な立ち会いも起きぬまま、騒ぎは何とか終幕となったらしいとあって、他の聴衆の皆様も案じながらもばらばらと立ち去るそんな中。前掛け姿のおじさんや、理髪店の人か白衣姿のおじさんなど、少々お年を召された年代の方々が、血相変えての大急ぎでやって来たのへ、こちらのバンド少女らも視線を向けると安心したように肩から力を抜いて見せ。見覚えのない少女らが増えていたことへだろう、おやと目を見張ったお人もあったが、そんなことよりと到着したそのまま、固まって身を寄せ合う女の子たちを案じるようなお顔になって、

 「また奴らが来たんだね?」
 「トクさんが、こっちへ伸してくのを見たってんで、
  それって追いかけて来たんだが。」
 「済まないね、見張りを立てなきゃあって言ってたんだのに。」

 ともすれば自分たちの娘さんと同じくらいの年代の、そして…きっとお転婆な娘さんたちより もっとずっとか弱そうなお嬢さんたちへ。さぞかし怖かっただろうと気の毒がってのお声かけはただただ暖かく。ちょっぴり涙ぐみかけていた子も、つやつやの黒髪を束ねた房を耳元に揺らして、ううんとかぶりを振り、何とか微笑って見せる健気さよ。

  ただ、そんなやり取りの中には、気になる文言が幾つかあって。

 「あの…。」
 「ああ、すいませんね。この子らを気遣って下さったんだね。」

 まさかに、やっぱり高校生だろう女の子たちが、あんな恐ろしげな連中を手を上げての追っ払ったとは…思えなくとも不思議はなくて。(ははは・笑) 単に居合わせただけの女子高生と思われたらしかったのへと、こちらもまた特に言い訳はしないまま、

 「さっきの怖い人たちって、前にも来たんですか?」

 おじさんたちは“また”と言った。それに、見かけたんですぐにも駆けつけたんだがという言いようをなさってもおり、心当たりがあった連中だったことを十分に伺わせる。ああいう嫌がらせ系の乱入は、路上パフォーマンスにはよくあるシーンではあるけれど。

 “ここいらのそういう、不良やチンピラのグループのデータは、
  これでも一応押さえてあったのに。”

 駅周縁という繁華街からは微妙に外れかかっている位置だから、それでチェックし損ねていたのかなぁと。別に“世直し”もどきを手掛けるつもりからじゃあなくの、単なる自己防衛のための資料として。実際に起きた騒動や人々の風聞なんぞを集めたデータを、彼女なりに把握していた、ネット系はお任せの平八が小首を傾げる。そんな物騒なデータをまとめてあるだなんて、何かあったときには自己救済するためだとの解釈も出来なかないのだが…それはともかく。フォークロア調の更紗のワンピにボレロという、いかにも愛らしいいで立ちの赤毛の少女の問いかけへ、どうやらここいらの商店街の店主の方々らしきおじさまがた、困ったことだと言いたげなお顔でそれぞれが頷いて、

 「ああ。八月に入ってから、
  いやいや、月末に開くフェスティバルの準備に入ってからかな。」

 「今までああいう連中は寄り付きもしなかったものが、
  ちょいちょいと姿を見せるようになってね。」

 何かお祭り騒ぎが始まるなと嗅ぎつけたんだろうか。駅の周りや裏手なんかの、もっと賑やかなところでは、喧嘩だのバイクでの引ったくり騒ぎだのを聞かないでもなかったが。こっちは寂れている分そういうのにも縁がなくって、安全でもあったのにねぇと苦笑するのは、酒屋さんだろうか 随分と水をくぐったらしい褪せた前掛けをした恰幅のいいおじさんであり。

 「ここで演奏している この子らにも、
  時たまちょっかいかけてたようだったんで。
  練習中に怖い目に遭わないよう、
  当日までは 誰か必ずついてようかねって言ってたトコでね。」

 後手になってしまった すまなかったねぇ、怖かっただろうにねぇと。いたわるように見守られているところを見ると、

 「それじゃあ、彼女らは、そのフェスティバルにも…?」

 大人が来ていて先輩がたがお話中なので…と。まだ怖かった怯えも残っていように、割り込みもしないで聞き入っているだけの、あくまでもお行儀のいい彼女らと。やはりいたわるような視線を見交わして、

 「ああ。ゲームや屋台の出店出したり、
  子供のカラオケ大会なんぞも企画しているが、
  最後のメインにね、演奏してもらう予定になってるんだよ。」

 そんな話を聞かせて下さったのは、胸ポケットに店名の縫い取りのある、作業服姿の電器屋さんのご主人であり、

 「何せ この子らは、ウチの商店街の救世主だからねぇ。」

 蹴りを入れられていたアンプの側面に残る靴跡に気づき、可哀想にとそちらへも痛ましそうな視線を投げた大将だった。






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  *前の章の中で“三味線を弾く”という言い回しを持ち出し、
   手を抜くという意味ですよとしか説明しておりませんでしたが、
   ちょっと言葉が足りなかったかもしれません。
   唄いの調子に合わせて調子を変えたりするので、
   相手に合わせて適当なことを言う(する)ところから転じて、
   油断させるために相手に合わせて見せて、
   本気を出さずに手を抜く…というよな意味だそうですね。
   他にも、口三味線を弾くから転じた言葉だとし、
   本物の三味線じゃない、まがい物で誤魔化すという意味とする説もあれば、
   猫の皮を使う楽器なので“猫をかぶる”という意味だとする説もあるとか。


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